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2012.12.18 (Tue)

先人の言葉

講演、教室、レッスン





今日も一人一人の顔を見て、気持ちを感じて





幸せを願って






現場に立つ度に、お客様から力をいただく









我慢も限界がある・・・













感謝の心がない人間に、先はない

















そして、それも含めて








ぜんぶ自分を映す鏡
















「どうしたら自分の器を広げられるか?」












心を癒せるのは唯一











先人の言葉、哲学


そこに救われる・・・












「苦しいこともあるだろう





云いたいこともあるだろう





不満なこともあるだろう





腹の立つこともあるだろう





泣きたいこともあるだろう





これらをじっとこらえてゆくのが男の修行」 (山本五十六)








ゆ~すけのしあわせ日記   ~5児のパパの奮闘記~


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2012.09.05 (Wed)

1945年8月6日 広島原爆投下

8月6日





1945年8月6日




広島原爆投下1.6km地点


じいちゃんが被爆した場所




全身ケロイド


身内からの辛い仕打ち


同級生からのイジメ・・・










早朝から深夜まで年中無休で


4つも5つも仕事かけもち


必死に働き続けて





じいちゃんとばあちゃんは私の父を育てた




学がない


だからたくさん悪い人に騙された


苦しくても


ただただ歯を食いしばって


ナニクソ精神で





強烈な反骨精神の塊で生きてきた







いずれ、苦しさから酒に逃げアル中に


凄く優しい人が酒で人格が変わる







ばあちゃんの命を守るために


暴れるじいちゃんを朝まで柔道の寝技で押さえ込んでた中学時代の私の父





もちろん勉強時間はなくお金もなく


幼い頃からずっと自立して頑張ってきた




話せないことが山ほどあって


キリがないけど・・・







そうして繋がってきた私の命には








重みがある









本当に優しいじいちゃん





孫頭の私を特に可愛いがってくれていた










この世を去ったときも





最後私が一人で病室に顔出した直後


不思議な現象が起こり





じいちゃんの心臓が止まった







亡くなった直後





担当の看護師長さんにお願いして


看護師さんではなく


親族の誰でもなく





私がじいちゃんの全身をタオルで拭かせてもらった







・・・








昔、じいちゃんが毎日船で沖に出て釣ってきてくれた魚も、







畑の野菜もお米からもすごく愛情を感じた







だから





茶碗にご飯が一粒でも残ってると





そのたびに今でも





じいちゃんの黒く日焼けした笑顔を思い出す・・・









俺ら三兄弟は、ただ生きとるわけやない







意味があって生まれてきたわけやから







じいちゃんの生き様と根性を超えて





被爆三世として堂々と、








これからもっともっと良い国にするために





笑顔の全速力で、生き切りたいと思う











陽介、俊平、







俺たちには


役割がある







三本の矢にしかできない





俺らの使命がある









・・・






ゆうすけのしあわせ日記   ~5児のパパの奮闘記~


12:14  |  先達の教え  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2010.06.13 (Sun)

母からのメール ~この世で一番怖いもの~

時間って、あっという間に過ぎていきますね…。

昨日は保育園の参観日、セミナー…
今日も小学校の参観日と…てんこもりですが
近況はまた書くとして。


昨日、母からメールが届きました。

いつも、
勉強になること、あらためて気づくこと、意識すること、
襟を正すこと…などいっぱいあります。

私たち3兄弟にはこういうメールがよく来るのですが…。
 
 今回も許可を得て一部紹介させていただきますが…
 母はあまり公にするのを、というか
 世間に知られたり、表に出たり、目立ったり…
 そういうのをあまり好きではないので…。
 

 でも、私はなるべく伝えていきたいと思っています…。
 正しいも正しくないもなく、良い悪いもないと思っています。
 
 純粋に、
 自分が「これはいいな、大事だな、勉強になるな、大切だな」と
 感じたものを、
 自分の名前を明かした上で、
 全てを受け入れる覚悟で裸になって、
 「伝える」役割があると思っています。

多くの先人の知恵を一生懸命学ばさせていただいて、
自分の体験、経験の中から感じる
「自分の言葉」で表現しようと意識しています。


『そのときの出会いが、人生を根底から変えることがあるよき出逢いを』

という相田みつをさんの言葉がありますが、
いつ、どこで、どんなタイミングで、
人や言葉とのそういう出会いがあるかわかりません。

私たち家族にとっては日常的な、普通の会話、
ただのメールかもしれないけど、

ブログを読んでくださっている「だれか」の“きっかけ”になるかもしれない…
それがたった一人でも。

私はそう考えているので…
以下、メールの一部を紹介します。

(前置きが長くなりましたが、と言っても何気ない普通のメールです)


…………………………………………

『この世で一番コワイものは“うぬぼれ”かも?とふと思ったので。

母さんが今、学んでいる〇〇〇のH先生の先生、O先生は
「ごまかさない、うそをつかない、うぬぼれない」ということを実践された人だけど、
H先生はO先生に会うたびに

「Hちゃん、うぬぼれたらおしまいだからね」って毎回、毎回言われてたんだって!

H先生も“自分の力じゃないですよ。100%宇宙(神)の力だからね”といつもおっしゃっています。

「人間はみんな天才ですよ。みんな天の才能ですから(自分の才能ではないという意味)」

そのH先生でも、小指を怪我されたり、
耳を切ったりされて「うぬぼれていた」と気づかされるそうです。

今日、思い出したんだけれど、あの倉本聰さんでも、
自分の作品は自分の力で書いたものだって思ったとたんに、
それから4年間は書かせてもらえなかったって言われていたよ。

どんな芸術も「宇宙(神)の力に寄らないものはない」と思うよ。
芸術家のように、大きな才能を与えられる人には、
またそれなりのクロウ・クルシミも与えられるものだしね。

聖書にも

「人はみな草のごとく、その栄華はみな草の花に似ている」

と書いてあるよね。


ふと思ったのは…。
ホー・オボノボノでは
「ごめんなさい・許してください・ありがとう・愛しています」
を言って自分を浄化するんだけれど、

その「ごめんなさい」は「宇宙(神)の力を自分の力だと勘違いしてごめんなさい!」
っていうことだと母さんには思えたんだよね。


3人とも「これは、うまく行った」と思えることがあると思うけど、
その時に勘違いをしないようにね。

陽ちゃんがいつも言ってる「素直・謙虚・感謝」って大事だよね。

それと、言ってることとやってることが違うと天からドスンと来るから、
言行一致に努めましょうね。

父さんと母さんは毎日「幸せだね、幸せだね」と言って暮らしているよ。
てんつくまんが「今、言っている言葉が未来を作る」と言ってたね。
言葉はC∞、気をつけましょう!

今日も笑顔と感謝で…。 』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


私が一番怖いのは、「人としての信用を失うこと」

仕事には「流れ」や「タイミング」があるから、
思い通りにいかなくてもあまり焦っていません。
立ち止まる勇気もちゃんとあります。

でも、

「こころの成長だけは
 毎日、立ち止まってはいけない、
 日々、一生、前進しなければいけない」

と思っています。

だから、失敗、反省、誤解があっても
前を向いていかないといけないと考えています。


あとは、とにかく一生、
「素直さ」
だけは失いたくないです。

それだけあれば、なんとかなるんじゃないかと思っています。

いつもまでも、
社会人一年目の素直な返事「はい」という気持ちで
過ごしていけるか。

自分に対する挑戦です。







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2010.05.24 (Mon)

両親が遺してくれたもの

昨日の話の続きを少し。


「骨董屋の弟子を育てる一番の方法は、
 いい品だけをひたすら見せ続けること。
 
 これが本物、これが偽物だと教えても審美眼は育たない。」


という話のように
「本物だけに触れ続けることで目が肥える」
というのは音楽や芸術の世界でもよくあることだと思います。


飲む水や食べるもの(天然物、自然物)にこだわりがあった父。

食品添加物、抗生物質、薬品・・・など使わず
とにかく「自然のもの」「手作り」にこだわり徹底した母。


幼少の頃、
服やランドセルはおさがり(どなたかから頂いてきたもの)

アニメキャラクターの靴やカバン、
ガムや飴などのお菓子も、
自転車も、学習机も・・・

何一つ買ってもらったことはありません。


「質素倹約」

「自分の家はどんだけ貧乏なんやろう・・・」と。(苦笑)
「貧乏」という意識がすごくありました。
だから、いろいろと我慢できたこともあると思いますが・・・。


でも、親は
限られた大切なお金を、そういった
値段が高くても体に良い食べ物(塩・醤油・砂糖など調味料も市販の数倍の値段)や、
とにかく毎日のように来れられる「お客様へのおもてなし」に
使っていました。


2歳過ぎには包丁(料理の)を持たせて練習を・・・

1歳10ヶ月から山登りを(崖からすべり落ちたことも)・・・


また、
私が5歳の時「朝の連続テレビ小説」の中で
主人公がヴァイオリンを弾いていたのを見て
「ボクもやってみたい」と言ったようで、

そしたら
高額な月謝にもかかわらずお金を工面し、
ヴァイオリンを習わせてくれました。

(当時の私はそんな親の想いのかけらもわからず・・・
 真面目に練習もせず、
 田んぼのカエルを捕まえることに一生懸命で(笑)
 泥だらけの汚れた手でヴァイオリンを弾こうとして
 先生に怒られていました・・・苦笑)


9歳の時、
大阪の釜ヶ崎(あいりん地区)のホームレスへの炊き出し・・・

小学5年生の時、
最貧国バングラディシュへの旅に・・・

韓国も、モンゴルも・・・


話せばキリがないほど色んなエピソードがありますが・・・

いずれにせよ、

今思えば、
両親はいつも「本物」に触れさせてくれていました・・・。

(私が親となった今、わが子に対して、
 子どもにできていないことばかりです・・・)


私自身はまだ短い人生しか生きていないかもしれませんが
密度の濃い、
本当にたくさんの色んな「人との出会い」を体験させてもらいました・・・。


福岡で一人暮らしをした時も仕送りは一切ありませんでした。
当然、勉強しながらバイトを掛け持ちし・・・。
奨学金は今も返し続けています。


両親の「お金の価値観」は、一般的に考えると、
貯金も全くなく、賢いお金の使い方ではないかもしれませんが

少なくとも私にとっては

お金では買えない
“感性”という大きな大きなギフトを遺してくれました・・・。



私が11歳の時、親にこんなことを言ったそうです。
(当時の年賀状に残っています)



「ぼくはいい人とわるい人がわかるんよ。
 だって、いい人ばかり見てきたからわかるんよ。」







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